東京地方裁判所 昭和44年(ワ)6565号 判決 1971年10月25日
原告 金秀粉
<ほか三名>
右訴訟代理人弁護士 大西保
同 今泉政信
同 佐藤敦史
同 新井嘉昭
被告 成田こと 方永奉
右訴訟代理人弁護士 長戸路政行
主文
被告は原告らに対し、別紙目録記載の建物の明渡しをせよ。
原告らのその余の請求は、棄却する。
訴訟費用は、一〇分し、その七を被告の負担とし、その余を原告らの連帯負担とする。
事実
原告ら訴訟代理人は、主位的請求として、「被告は訴外堀江外喜子および中島美雄に対し、別紙目録記載の建物(以下「本件建物」という。)について有する賃借権を原告らに譲渡したことを通知し、かつ原告らに対し昭和四二年(昭和四三年は誤記と認める。)二月一一日以降通知済まで月七万円の割合による金員の支払いをせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および請求の趣旨後段につき仮執行の宣言を求め、請求原因として「一 被告は訴外堀江外喜子から昭和四〇年一二月一三日本件建物を賃料月三万円の約定で賃借した。二 訴外亡春木歳男こと金周大は被告から昭和四二年二月一〇日本件建物賃借権を二五〇万円で買い受け、同日右賃借権は金周大へ移転した。三 金周大は昭和四二年一一月二四日死亡し、原告らは同人の相続人として本件建物賃借権を相続した。四被告は訴外中島美雄に対し、本件建物を賃料月額一〇万円の約定で賃貸したが、右中島は現在本件建物を占有していない。五 よって被告に対し請求の趣旨前段および本件建物賃借権を譲り受けた日の翌日である昭和四二年二月一一日以降通知済みまで月七万円の割合による賃料相当額の損害金の支払いを求める。」と述べ、被告の抗弁事実を認め、
また、主位的請求が認められない場合の予備的請求として、「被告は原告らに対し、別紙目録記載の建物を明け渡し、かつ昭和四二年(昭和四三年は誤記と認める。)二月一一日以降明渡し済に至るまで月七万円の割合による金員の支払いをせよ。」との判決および仮執行の宣言を求め、予備的請求原因≪省略≫
立証≪省略≫
被告訴訟代理人は、原告らの主位的請求に対し、請求棄却・訴訟費用被告負担の判決を求め、請求原因事実に対する答弁として、「第一項は認める。第二項中本件建物賃借権が譲渡された事実は認めるが、その譲渡原因が売買であったことは否認する。第三・第四項は認める。第五項は争う。」と答え、抗弁として、「本件建物賃借権の譲渡はいわゆる譲渡担保であって、金周大と被告間で二五〇万円の貸金の担保として形式上は売買としたが、本件建物の占有は被告に留保する旨の特約があった。」と述べ、予備的請求に対しても右同旨の判決を求め、予備的請求原因事実に対する答弁≪省略≫
立証≪省略≫
理由
一 まず、主位的請求について考えるに、建物賃借権の譲渡は、譲渡当事者間では有効であっても、これを賃貸人およびその他の第三者に対抗するためには、民法第四六七条に定める指名債権譲渡の対抗要件中、債務者すなわち賃貸人への通知をなすのみでは足りず、必ず賃貸人の承諾を得る必要があることは、民法第六一二条の法意から明らかなところであり、従ってまた、賃借権譲受人が譲渡人に対して、賃貸人への民法四六七条の通知をなすことを求める権利なるものは法律上無意味であって、これを肯定することはできないから、原告らの右請求は、主張自体理由がない。(もっとも、賃貸借当事者間に特約があれば別論であるけれども、成立に争いない甲第七号証の賃貸借契約公正証書によっても、賃借権譲渡の場合代金の一割を賃貸人に支払うほか賃貸人の承諾を必要とすることと定められていることが認められるから、議論は変るところがない。)
二 進んで、予備的請求による明渡について案ずるに、≪証拠省略≫を総合すると、昭和四二年二月一〇日、被告は訴外堀江外喜子から権利金九〇万円、賃料月三万円で賃借中の本件建物賃借権を担保とし、弁済期限を二年一〇月後として、亡金周大から二五〇万円を借り受けたが、債務弁済につき同月一三日同人と改めて契約し、同人に対して、利息ないし損害金として毎月元本に対する月三分の割合の金員を支払うこと、一年後から、毎月一〇万円宛の元金割賦金を支払い買戻しをする。買戻違約の場合には即時本件建物を被告に明け渡す旨約束したことが認められる。(甲第六号証の「一年後に買戻しに付き」との文言は「一年後までに買戻し」の意味に取れないでもないが、月賦金と元金との関係からそう解することはできない。)
三 そこで、右の約束どおり弁済がなされたかどうかについて証拠を見ると、≪証拠省略≫を総合すると、本件建物は「リリー」という喫茶店で被告はここから毎月相当の利益を得、これを亡金周大への弁済に充てることとしていたものであるが、被告は昭和四二年二月一三日まず一〇万円を弁済したほか、額面各七万五〇〇〇円、満期を各月二〇日とした約束手形一二枚を妻成田貞枝(河貞淑)名義で振り出し、金に差し入れて、これを同年六月二〇日満期の分までは支払った。しかし、その後は約束手形による支払いを取り止めて、同年七月分以後は小切手で支払うこととし、額面一〇万円、五万円の小切手を振り出し、不定期不定額の弁済を相当額行なったが、その幾枚かは不渡となった。そのうち昭和四二年一一月二四日金が死亡したので、被告は全く支払を停止し、その後昭和四三年四月、金周大の相続人の一人として原告金秀粉が弁済を督促したのに対し、改めて月賦支払を約したが、その際交付した小切手はやはり不渡となった。以上の事実関係が認められる。≪証拠判断省略≫
よって、被告は、最初の一〇万円の支払以外は、約定の月三分の損害金(利息制限法違反の高利として元金充当の問題が生じるが、ここでは措いて)としての支払を続ける中不履行に陥り、元金弁済割賦金支払を始める以前に約定に違反し、買戻期限を徒過してしまったこととなる。付言するに、本件では、元来金周大と被告とが韓国出身の同胞ということで信頼関係にあり、権利関係に関する文書がもともと不備だった上に、肝腎の金周大が死亡し、帳簿類も見当らず、関係者の供述も曖昧を極めるのであるが、結局のところ、本件貸金二五〇万円が期限に弁済されているかどうかについては、被告がその証明をなすべきものであり、それは果されていないというほかないのである。
四 そうすると、被告は、昭和四三年二月一三日以後約旨に従って本件建物を亡金周大の相続人である原告らに明け渡さなければならない(被告が本件建物を占有していること、原告らが金周大の本件債権の相続人であることについては、いずれも当事者間に争いがない)。先に判示したとおり、本件は賃借権の譲渡であって、これを賃貸人ないしその他の第三者に対抗するためには賃貸人の承諾および甲第七号証の約旨に従う賃貸人への金員支払を要するけれども、少なくとも譲渡当事者ないしその包括承継人の間では、その効力を認めて差し支えない。
五 最後に、月七万円の損害金の請求であるが、賃借権譲渡は同時に賃料支払義務の譲渡をも伴うのであるから、譲受人は譲渡人に対して引渡を求めるにあたり、引渡が遅延していることによる損害が発生する一方では引渡を受けないでいるため賃料支払義務の履行を免れていることを無視するわけにはゆかないのである。従って、引渡遅延による損害が賃料相当額以上であれば格別、賃料相当額である以上は原則として引渡遅延による損害は発生しないと言わなければならない。もっとも、本件では、賃料相当額は月七万円と主張されており、他方甲第七号証によれば、被告が賃貸人に支払っている賃料は月三万円であると認められるから、右差額が存するようであるが、賃料相当額が月三万円でなく月七万円であることについては証拠が見当らない(被告が一時期本件建物を中島に転貸した際の賃料が一〇万円であったことは当事者間に争いがないが、これを以て直ちに賃料相当額七万円以上と見るわけにはゆかない。)
なお、原告は、右認定の賃借権譲渡の効力発生日時である昭和四三年二月一三日以前についても、損害金を請求しているが、これは譲渡担保として別に利息等を徴していたこと先に認定したとおりである以上、失当であること言うまでもない。
六 結局、原告らの請求は、本件建物の明渡しを求める部分だけが正当であるから、これを認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条・第九二条・第九三条に従い、仮執行宣言は付けないこととして、主文のとおり判決する。
(裁判官 倉田卓次)
<以下省略>